カテゴリー「雑記」の58件の記事

2009年11月14日 (土)

雨の匂い

◆第462号 (2009/11/14)◆

木曜日あたりから、

雨が降り続いている。

疲れがたまっていたせいか

あまり感じることがなかったのだが、

仕事から帰ったあと、

部屋にいて窓を少し開いてみると、

秋も終りに近づいた外の空気に触れていると、

風に乗って雨の匂いがやってくる。

そんな夜更けもいいなと思う。

そんな秋の終わりの雨の匂いには、

土や枯葉の匂いも混じっているような、

とても懐かしい感じがする。

高ぶるこころを

鎮めてくれるのも雨なら、

落ち込んだ私の気分を

そのままでいいのだと、

受け入れてくれるのもまた

雨なのだった。

私のこころを包み込むように

静かに降り続く、

秋の夜のあたたかな雨と

その匂いが、

私はとても好きだ。

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2009年11月13日 (金)

最新技術に頼ると頭と体が衰える?

◆第461号 (2009/11/12)◆

頭の固い年寄りが言うようなタイトルだ。

本当にそうなのかもしれないが。。

通勤電車に乗るために改札口を出入りする。

スイカとかパスモをピッとセンサーにかざすだけで

改札をとおる。

乗り越しをしても、運賃が不足していても、

改札をとおり抜けるときに勝手に、

チャージされている金額から差し引かれる。

仕事はパソコンで進める。

紙に手書きの資料など作ることは、

まずない。

ちょっと走り書きのメモをする程度で、

仕事の成果物として手書きのものが

必要なことはほとんどなくなった。

電子レンジなど家電製品も、自動車も、

使い手にテクニックがなくても

失敗しないようにサポートしてくれるような

機能が発達し続けている。

そんな便利な環境で生活していると、

ときどきふと思うことがある。

このまま頭や体は退化していくのではないか、

ということだ。

技術の進歩に知恵を絞り、

新しいものを次々と生み出していく人たちが

いる一方で、

それらの恩恵にあずかれる私たちユーザーは、

それゆえにどんどん身体能力が低下していく。

そんな時代であるからこそ

私たちはなおさら、

技術の進歩を受け入れるとともに、

自分の身体能力を高めることにもバランスよく

取り組んでいくことが必要なのだろう。

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2009年11月 4日 (水)

日常のちょっとしたものに気づく(3)

◆第454号 (2009/11/3)◆

身近にあるにもかかわらず、

普段はなかなか目を向けないものがある。

少し視点をずらしてみると、

たくさんのそんなものたちに、

出会うことができる。

2歳の娘と一緒に散歩がてら、

土を拾いに行った。

わが家で飼っているどじょうの水槽に

入れるための土だ。

本当は田んぼで泥でも拾えればいいのだろうが、

そのようなものが期待できる場所が

近所では思い当たらないので、

川沿いのウォーキングロードで土でも掘り起こそうと

子どもの砂場遊び用のバケツとシャベルとスキを

持って娘と出かけた。

わが家からはほんの3分ほど歩いたところに

その川は流れ、

うっそうとした木々の下を

ウォーキングロードがとおっている。

少し歩いてみると、

泥っぽい感じのする湿ったところがあった。

砂場遊び用のプラスティックのスキで

ガリガリと掘り起こしてみる。

大きな木の根元。

枯葉も落ちている。

掘り返してみると土のいい匂いが

漂ってくる。

懐かしい感じのする、

とても素朴な匂い。

思わず土を手にとって

鼻に近づける。

私がスキで掘り返し、

娘がスコップでバケツに運ぶ。

彼女も、何をやっているのか

全くわかっていないなりに、

集中してスコップで土を運ぶ作業に

熱中している。

落ち葉も拾った。

朽ちた木片も拾った。

それに、小石や、どんぐりも。

どじょうクンたちの水槽に、

そんなものを入れて喜ぶのかどうか

わからないが、

何となくどじょうといえば、

どんぐりが必要だと、

そんな気がした。

空気が

少し凛と締まった秋の、

晴れた1日のことである。

Photo

●娘とふたりで集めた、本日の収穫

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2009年10月24日 (土)

日常のちょっとしたものに気づく(2)

◆第444号 (2009/10/24)◆

身近にあって、ふだんは見過ごしがちな

ものに気づくことがある。

中には、気づかずにいることが

ちょっと恥ずかしいようなことも。。

003 002

写真は、我が家のすぐ前の通り。

自分の目線より上を見上げることは

なかなかなく、

自分の目線より上の世界には

なかなか気づかなかったりする。

家の前の通りを歩いていてふと気づくと、

その木は、意外と背が高い。

真横を通り過ぎるだけだとなかなか

気づくことはできない。

キミがそんな背の高い人だったとはね。。

この写真ではあまり伝わらないか。

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2009年10月18日 (日)

成長

◆第438号 (2009/10/18)◆

我が家の2歳になる娘は最近、

洋服やパジャマを着るときに

がんばってシャツのボタンを自分で

とめる。

そのせいで、パジャマを着るのに

10分とか20分とか、かかっている。

本人は、周りも見えないほど一生懸命で、

私や妻が手伝おうとしても

「しっ!」と手を払いのけられてしまう。

10分ほど格闘してシャツの前のボタン

4つほどを何とかとめ、

満面の笑みで「できたー!」と叫ぶ。

思わず、手伝ってやりたくなってしまうが、

成長するためには、たとえうまくできなくても

自分でやらせなければいけない。

手を貸さずにだまってじっと見守るのは、

なかなか難しいことだ。

思わず助けてやりたくなるが、

ガマンしてじっと様子を見ている。

こちらにとっても試練だ。

子育てにしても、人材育成にしても、

育てる側、育つ側どちらも

成長していかねばならない。

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2009年10月12日 (月)

コスモスの丘

◆第432号 (2009/10/12)◆

003

我が家から自転車で20分くらいのところに、

昭和記念公園はある。

今日は三連休最終日で、

日中は晴れてほどよく温かい気候だったので、

昭和記念公園へ家族ででかけた。

行楽客の多さもかなりのもので、

公園内の歩道も軽くラッシュ状態に

なっていた。

昭和記念公園では現在、

コスモスが見ごろとなっている。

001

「コスモスの丘」という名の丘陵地帯が、

公園の北側にある。

私もこの公園へはよく訪れるが、

実はこの「コスモスの丘」を見たのは初めて。

先週の台風が影響して、

相当数の花が倒れてしまったとのうわさも

聞いていたが、

台風の影響など感じさせないほどに、

力強く咲いていたのだった。

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2009年10月11日 (日)

日常のちょっとしたものに気づく(1)

◆第430号 (2009/10/11)◆

身近にあって、ふだんは見過ごしがちな

ものに気づくことがある。

そこに目を向けないと、

見えているのに気づかない。

こころが、それを捕らえようとしていないと、

人は目に見えていてもそれが見えない。

     ***

2歳の娘と散歩をしていて、

こんなものがあることに気づいた。(下写真)

020 019

我が家のすぐ近くにある道路の、

歩道を歩いているときにふと見つけた。

これは何だろう?

この、柱のてっぺんについている、

ハートマークを伏せたようなヤツのことだ。

2羽の白鳥が背を向けあっているように

見えるのだが、白鳥にしてはどうも顔がコワイ。

本当に白鳥なのだろうか。

それにしてもこんな、

人に注目されそうもないところに、

こんな彫刻をしようという人がいるものだ。

私からは出てこない発想なので、

そういう意味ではちょっと感動だ。

ちょっとした発見をしようと

いろんなものに目を向けていると、

面白いものが見えてくるものだ。

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2009年9月26日 (土)

デクノボー・スピリット

◆第415号◆

今週は、花巻が熱かったこともあり、

宮沢賢治ウィークとなっている。

あまり興味のない方には申し訳ありませんが、

今日も引き続き、もうひとつ引用をしてみます。

「まったくたれがかしこく、

たれがかしこくないかはわかりません」

というこの感覚を持った寓話が、まだある。

「気のいい火山弾」(宮沢賢治作)というのがそれだ。

火山の噴火によってできた「ベゴ」と呼ばれる

黒い石があった。

卵を横に平たく伸ばしたような丸い形で、

ほかの、角のついた石たちに

からかわれ続けている。

それでも、このベゴ石はたいそう気がよくて、

仲間にからかわれても怒ったことがない。

そんなベゴ石が周りの者にはバカに見える。

そして、からかいはさらにエスカレートする。

しまいには柏やおみなえしの木、

ベゴ石自身の頭についている苔にまで

バカにされる。

それでもベゴ石は、周りからのからかいのことばに

いちいちていねいに応答し、

相手の気を悪くしないように気までつかう。

最後は、ベゴ石を見つけた研究者たちに

「これは貴重な標本になる」と評価され、

持ち運ばれていく。

もちろんベゴ石自身は、そんな幸運を期待して

そのような気のいい態度をとっていたのでは

ないだろう。

何も起こらず気のいいまま、

周りからバカにされ、からかわれ続けて終わる。

そうなる可能性もかなり高いだろう。

作者である賢治さんは、

この気のいいベゴ石にどうしても、

最後に幸運を与えたかったのだろうか。

このベゴ石は、

果たして賢かったのか

愚かだったのか。

ベゴ石をバカにしていた周りの者たちは、

賢かったのだろうか愚かだったのだろうか。

賢治さんの有名な「雨ニモマケズ」という

詩の最後に「デクノボー」ということばが

出てくる。

この一節が、

賢治さん自身のありたい姿を

よく表しているように思う。

「ミンナニ デクノボートヨバレ

 ホメラレモセズ

 クニモサレズ

 サウイフモノニ

 ワタシハナリタイ」

なんだか立派な感じがするが、

そんな立派なこころの持ち方が

たとえば、この私にできるものか?

どのようなこころのあり方なのだろうか?

これだけ宮沢賢治童話にふれながらも、

私にはまだ賢治さんのこころのあり方が、

わかるような、よくわからないような

そんな感じなのである。

     ***

関連記事:

たれがかしこく、たれがかしこくないか (2009/9/24)

まるでなっていないようなのが、いちばんえらい (2009/9/23)

心象スケッチ (2009/9/22)

こころで味わった花巻 (2009/9/21)

好奇心の大きさ (2009/9/20)

イーハトーブ (2009/9/19)

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2009年9月23日 (水)

心象スケッチ

◆第412号◆

『驚くほど純粋で

気高い考え方を持ち続け、

あくまでも誠実で

意志の強い生き方をつらぬいた

その生涯は、

それ自体が偉大な作品であった』

―『まんが宮沢賢治』(岩手日報社)より

賢治さんの生き方というのは

まさにここに示されたものであったのだろうと、

作品や、残された多くのメモ、

データなどを通してそう感じる。

上記の文章は、

賢治さんという人が持っていた、

「ありたい姿」「自分の軸」

といったものを示しているのではないだろうか。

賢治さんという人間の持つ、

太く強い軸が、

このような成果を生み出した。

実際残されたような、

賢治作品を生み出すためには、

宮沢賢治という人のあり方、

「純粋さ」

「気高さ」

「誠実さ」

「意志の強さ」

というものが必要だったのだろう。

そのようなこころを持った人だから

生み出せた作品だったのだと思う。

宮沢賢治という人は、

この地上に存在するあらゆるものに対して、

とても鋭い感性を持っていた。

音、色、光、味、匂い。

雲、風、霧、雨、木、花、石、

山、川、海、

太陽、月、星。

さらに、仏教に対する信心深さ、

古今東西の文学作品を読みあさる

好奇心。

それらがこころの中で融合され、

多彩な幻想として描かれることに

なったのではないか。

賢治さんは自らの作品を

「心象スケッチ」と呼ぶ。

上で述べたような豊かな感性、

多彩な空想力というものが、

賢治さん自身の「心象」を生み出していると、

思える。

そんな「心象」の、

湧きおこった瞬間をとらえたものが

「心象スケッチ」と言われるものであり、

すなわち賢治作品だったのではないだろうか。

     ***

関連記事:

こころで味わった花巻 (2009/9/21)

好奇心の大きさ (2009/9/20)

イーハトーブ (2009/9/19)

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2009年9月22日 (火)

こころで味わった花巻

◆第411号◆

花巻の旅、最終日。

9月21日の今日は

賢治さんの命日ということで、

花巻市内の身照寺にあるお墓へ

お墓参りに行ってきた。

境内も墓地も、とても静かで

落ち着いた場所だった。

観光客らしき人も、

まったく目にすることはなかった。

身照寺のすぐ近くにある

ぎんどろ公園にも寄ってきた。

それほど大きくはないが、

静かでとても雰囲気の良い公園。

風の又三郎をモチーフにした

彫刻が公園内に立っている。

自分が今、どこにいるのかも、

何のためにここにいるのかも、

忘れてしまうほどの

心地よい時間を過ごした。

今回の旅は、幼児つきの

家族4人だったこともあり、

ゆっくりペースで回っていたので

思ったほどいろいろ見て回ることは

できなかった。

しかし、2歳の娘と手をつないで

ゆっくり歩いていると、

自分のペースで歩いていては

見ることのできないもの、

感じることのできないものを、

見たり感じたりできる。

娘が立ち止まり、しゃがんで

小さな石ころを拾う。

落ちている木の葉を拾う。

そのたびに私はそれにつきあい、

一緒に眺めてみる。

そんなペースで動いていると、

風の音や、木々が揺れるのも

感じることができるのだ。

それはそれで、花巻という街を

じっくり味わえたのではないかと、

とても豊かな時間を過ごせたのではないかと、

そう思っている。

賢治さんもそんな、子どもの視線で

豊かな自然を感じていたのだろうか。

自然の描写がとても美しい

賢治さんの文章を読みながら、

そんなことを考えてみたりも、

した。

     ***

関連記事:

好奇心の大きさ (2009/9/20)

イーハトーブ (2009/9/19)

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2009年9月21日 (月)

好奇心の大きさ

◆第410号◆

花巻訪問の2日目。

本日は、宮沢賢治をテーマにした施設を

主に観て回った。

宮沢賢治記念館、

イーハトーブ館、

宮沢賢治童話村。

改めて、宮沢賢治という人の、

その生涯をたどってみた。

その中で、驚くべきは、

賢治の好奇心の旺盛さである。

動物のこと、

草花のこと、

宇宙と星座のこと、

鳥たちのこと、

音楽のこと、

地質のこと、

宗教のこと。

あらゆる分野に興味を持ち、

それぞれの分野において

彼なりの解釈を持ち、自らの世界として吸収する。

わずか37年の生涯で、

いまの我々には到底およばないような、

高いレベルの学びを、経験している。

そのように感じる。

それらの学びは、

彼の創作活動とその成果に存分に

発揮されているということが、

よくわかる。

昭和8年の9月21日は、

宮沢賢治の命日である。

花巻の街は、この日にあわせて

いろんなイベントが催され、

盛り上がりを見せるようだ。

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2009年9月19日 (土)

イーハトーブ

◆第409号◆

9月。シルバーウィーク初日の今日。

私の大好きな宮沢賢治の生れ育った街、

花巻へやってきた。

念願の花巻、2002年以来の再訪となる。

前回はひとり旅だったのだが、

今回は家族全員で訪れることになった。

私は、賢治の残した珠玉の童話の数々が

とてもとても好きで、いつも読んでいる。

この人の想像力の豊かさには

本当に驚かされるし、

自然の描写がとても美しくて、

文章を読んでいてうっとりしてしまうくらいだ。

この人の童話の世界をたっぷり味わって、

私自身少しでも豊かな感性を磨いていきたいものだ。

3日間の短い時間だが、

賢治とイーハトーブの世界に

どっぷりと浸ってこようと思う。

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2009年9月 7日 (月)

反復練習

◆第396号◆

昨日・今日と、小学2年生の長男と

近くの公園でキャッチボールをした。

彼も、私も、

野球経験があるわけではない。

私はまあ、普通に投げて捕るという程度は

できると思っているが、

息子の方は小学2年生にして

からきしダメである。

ちょっと練習をしたことがある子なら、

幼稚園児でももう少しまともに

できるのではないかと思えるほどだ。

ゆるいボールをふわりと投げてやっても、

8割がたはグラブからこぼれ落ちる。

そんな息子は、

ほとんどまぐれのように

ボールがグラブに収まるだけで、

捕った捕ったと無邪気に喜ぶ。

次のボールではまた、

そのほとんどと同じように、

グラブをはじく。

普段、野球の練習なんか全然しないのだから、

よく練習している子みたいにうまくできないのは

仕方のないことだと、

言い聞かせはするが、

やっているそのときばかりは

少し悔しそうに、もっと上手くやりたいと言う。

ならば、反復練習で

技術を身につけることが必要だと、

当たり前のことばを私も返す。

これが、本気になって反復練習をひたすら

繰り返すようだと、

もうちょっと見込みもあるのだろうが、

なかなかそうもいかず、

すぐにけろりと野球のことなど忘れてしまう。

人間、年をとればとるほど、

ひたすら反復練習を繰り返すことで

何かを身につけるという経験は

しなくなるものだ。

仕事の技術でいえば、

20代、30代に身につけた貯金で

今の仕事をこなせているところが

あるのではないだろうか。

趣味の世界においても、

日常生活においても、

新たなスキルをいちから習得するという機会は、

よほど意識しないと持てなくなる。

だから敢えて、

反復練習できるようなことを見つけ、

それにひたすら打ち込んでみるという

経験をしていくべきだ。

40代以降は成長しないというのではなく、

敢えて非効率な反復練習に取り組む。

そして更なる成長を目指す。

そんな姿勢を失わずにいきたいと思うのである。

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2009年8月19日 (水)

お心肥

◆第377号◆

江戸しぐさというものに、最近私は関心を持っている。

有名な「傘かしげ」という江戸しぐさがあるが、

こころに持っている、相手への気づかい、

思いやりなどの思いを行動にして表す。

そんなのが江戸しぐさの真髄だという。

そんな江戸しぐさのひとつに「お心肥」

ということばがある。

読みは「おしんこやし」という。

これもまた、相手に対する気づかいの表現である

江戸しぐさの真髄とも言えることば。

「体肥やし」というと身体を肥らせることで、

人はとかく、おいしいものを食べて身体を

肥やすことばかり優先してしまいがちだが、

それよりも、学びによってこころを肥やして

いくことにもっと努めるべきだ。

そんな戒めが、「お心肥」ということばには

込められているのだという。

それも、学ぶことによって頭でっかちに

なるだけではダメで、

学んだことを、実際に手を動かし

足を動かして体験してみる。

その体験からフィードバックを得、

また考えるというサイクルを

実践していくのが大切なのだと、

そんな教えなのだ。

まさに、江戸しぐさの根底にある

考え方なのではないかと思う。

いまの時代だからこそ、

江戸しぐさを学ぶことによって

感性を磨くのも良いのではないだろうか。

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2009年8月13日 (木)

路地裏フェチ

◆第371号◆

自宅から最も近い、JRの駅前。

その近くに私がときどき立ち寄るショットバーがある。

そのバーのマスターと今日少し話していて、

仕事が休みの日は、何をしているのかと、

そんな話題になった。

たとえば今日、

あなたは、この店に来る前の数時間を、

どのように過ごしていたか?

そんな、問われ方をした。

では、実際のところ、

私は一体、何をしていたのだろうか?

思わず、問われるままに考えてしまったのだが、

「近所でありながら行ったこともない、

住宅街の路地裏を、探索していた」

そんなことになるだろうか。

車通りの多い、大きな道を歩いていても、

いつの間にかわき道に沿れている。

その脇道を眺めてみると、狭い道が延々と

続いていたりする。

そんな景色を見ると、

思わず引き寄せられてそちらに向かってしまう。

そんな寄り道症なのが、私だったりする。

バーのマスターにこの話をすると、

意外と、私のそんな気持ちを理解してくれたようで、

「路地裏って、いいよね~!」

「オレもそんな引き寄せられ方、するかもよ~!!」

というような熱い会話が繰り広げられた。

おそらく、そのマスターがつくった、

「路地裏フェチ」ということば。

人をして「路地裏フェチ」と呼ばれるような、

そんな私の行動が、

私の心を、より豊かなものに

してくれたのではないだろうか。

そのように考えている。

ムダに見えることを、簡単に切り捨てないこと。

そんな、人が見れば

ムダに見えるようなことから、

なんのことか意味のわからないようなことから、

豊かな生き方というものが

見えてくるのかもしれない。

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2009年7月25日 (土)

自分には「できて当然」のことにも目を向ける

普段、自分では当たり前のようにやっていることが、

人から見ると案外すごく見えることがある。

自分の強みというものを考えるとき、

これは盲点になりやすいことではないだろうか。

自分の強みは、自分ではなかなか見えにくい。

淡々と物事を継続し、積み重ねていくことを

当然のようにやっている人がいる。

その人にとってそれは、大きな努力を必要と

するものでもなく、まさに淡々とこなしている。

しかし、はたから見ていると、

これがとてつもなく、すごいことに思える。

自分では当たり前と思っていることは、

なかなか自分ではそれを「強み」だと

考えることが難しい。

一度、自分の持っている力を

棚卸してみるつもりで、

洗い出してみるのも、

いいかもしれない。

普段は目を向けない、

当たり前のこととしてやっていることも、

「できること」として目を向けてみる。

そんなことから、

あなた自身の意外な一面が

見えてくるかもしれないのだ。

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2009年7月18日 (土)

山登りのごとく

小学2年生になる長男を連れて、

私の庭と言ってよいほど繰り返し登った、

高尾山に、今日登った。

昨年、長男を連れて登ってからすでに

1年近くが経とうとしているだろうか。

息子と一緒に歩いていると、よくわかるのだが、

子どもはとにかく、がまんができない。

今日も、私たち二人が歩いているあいだ、

何度息子の

「疲れたよぉうー」

という声が聞こえたことか。

一定のペースで、継続的に同じ動作をすることが、

子どもにとっては辛いことなのだろうか?

それとも、

継続的に何かに取り組むことが、

どれだけ自分の将来にプラスになるかを

イメージできていないだけのことだろうか?

いずれにしても、

高尾山の山頂まで無事、登りついた息子は、

満面の笑みで、

私とハイタッチを交わしながら、

「頂上に到着できて嬉しい

がんばってのぼって、良かった!」

こんなセリフを口にした。

最後のクライマックスだけでなく、

途中の、苦しかった一歩一歩に、

思いをはせてくれればいいなと、

そんなことを思っていた。

山頂に到着するためには、

途中のがんばりはすべて、必要なものばかり。

途中で嫌気がさして悪態をついた、

そのときの心情もふくめてすべてを、

山頂に着いたときにも思い出してくれていれば

いいな、と。

そんなことを思いながら、私は、

雨粒の落ちる高尾の山頂から

下界を見下ろしている。

山頂にたどり着いたという

結果だけを見るのではなく、

それまでの、登っているときの、

苦しかったときの感情を思いながら、

あれを乗り越えられたんだ、ということを

思いながら、

山頂に到着した喜びを味わってほしい。

すべては、

山登りのごとく、だ。

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2009年7月16日 (木)

価値観の色合い

世の中のあらゆることは、

白と黒、○(まる)と×(バツ)、

あるいは、勝ちと負け

などという二極化された世界だけでは

収まらない。

しかし、何とか無理やり二極化しようという、

つまりは「ひとこと」で簡単に結論づけようとする、

そんな傾向が今の社会にはあるように感じると、

昨日はこのようなことを書いた。

たとえば、格差社会であるとか、

勝ち組と負け組であるとか、

そのようなことである。

でも、そんな二極化された世界で

多くの人の価値観や認識というものを

語ることなど、到底できないのは言うまでもない。

ある一面からは「勝ち組」と呼ばれるような

人たちであったとしても、

ビジネスでは成功を手にしたが

幸せを感じていなかったりする。

決して大きな成功を手にしているとは

いえない人であっても、

心に豊かさを持って、充実した生き方を

していたりする。

失敗するといっても、100%の、いいとこなしの

完全に打ちのめされるような失敗は

そうそうあるものではないし、

成功といっても、すべてが「完勝」といえるような

ものではないだろう。

「全勝」だけが勝ちではない。

「14勝1敗」もあれば、「8勝7敗」もある。

つまり、無数のグラデーションがあるのだ。

完勝完敗とか、

○×とか、

白黒とか、

「ある」か「ない」か、

「感じる」か「感じない」か、

「幸せ」か「不幸せ」か、

「豊かさ」か「貧しさ」か、

そんな二律背反で考えられるほど、

この社会も、仕事をこなすことも、

私たちの生き方も、心のあり方も、

そんな単純なものでは、ないはずだ。

その二極間にある、

無数のグラデーションを排除し、

くっきりとコントラストをつけた途端、

豊かさは、失われるのではないか。

そんなふうに思えるのである。

二極化構造の中で無理やりすべてを

片付けようとするかのようなそんな風潮が、

人々の心に歪みをもたらすような気がしている。

人の価値観などというのは

そのような単純構造の枠に収まりきる

ものではないと思うからだ。

もっともっと、さまざまな価値観の色合いと

いうものがあって、

どれが正しくて、どれが悪いとか

そういうものではないのだと思う。

学校の勉強や試験のような、

ひとつの正解がある世界ではなく、

無数のグラデーションがある中で、

私たちは価値観を見出し、

認識力を高めながら生きている。

そんな無数のグラデーションは

別の見方をすれば

「ノイズ」ともいえるのかも知れないが、

そんな、「ノイズ」のある世界が、

より豊かな世界だと私は感じるのである。

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2009年7月 4日 (土)

面倒くささと向き合う

小学2年生の息子はよく、

何かをしていて面倒くさくなるのだろうが、

すぐに休憩したり、べつのことをしていたりする。

時には大人にもそんなことはあるのだが、

部屋を片付けていて、

すぐに別のことをやり出す。

風呂で体を洗っている途中、

ぼーっと休憩している。

「休憩ばっかりしていたら、

ナマケモノになるよ」

私は、時に冗談めかして彼に言う。

今日はたまたま、ちょっときちんと話してみようと

思い立って、私自身が日ごろ考えているところを

じっくりと説明してみた。

難しくて理解できないところもあるだろうが、

こんな考え方も、ちょっとは知ってほしいと考えた。

     ***

面倒くさいと思うことは、子どもだけではなく

大人でも、誰にでもあるよ。

父ちゃんは、それが悪いといって

責めたりはしないよ。

でもね、

面倒くさいと思ったときに、

人は2つの道のうち、どちらか1つを選んで

進むことができるよ。

1つは、面倒くさいからといって

休んでしまうこと。

もう1つは、面倒くさいと思っても、

がんばって続けること。

面倒くさいときに休んでしまって、

それをやらない人には、

もっと面倒くさくて苦しくなるような

「おもり」がつけられるんだ。

それは、キミの中にいる心が、

そうするんだよ。

でもね、面倒くさいのなんかに

負けないよ!ってがんばってやると、

面倒くさい「おもり」をつけられてたのが、

はずされて軽くなってくるんだよ。

これも、キミの心がそうするんだよ。

がんばってしんどいことをする人と、

がんばらないで休んでばかりいる人。

どっちが苦しいと思う?

がんばっている人のほうが

苦しいと思うでしょ?

でもね、実はね、

がんばらないで休んでいる人のほうが、

苦しい思いをするんだよ。

人間ってね、

そんなふうにできているんだよ。

休憩ばかりして苦しい思いをするか、

がんばってラクになるか。

どっちがいい?

     ***

そんなことを言いながら、

私もラクをしたいと思いながら休憩をして、

結果的に苦しむことも多い。

あとでもっと面倒くさいことになるから。。。

そう考えて、いまの面倒を進んで選ぶ。

そんな考え方も、人間成長するためには

必要なのだと思う。

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2009年6月15日 (月)

続けることの強み

バンドのメンバーと話していると、

「楽器の練習がんばっても、

昔ほど伸び幅がないよね」

そんな話になる。

今日も、練習を終えてから少しそんな話が出た。

それでも。。

と思う。

それでも、少しくらい楽器に触れていなくても、

練習も全然していなくても、

以前できたことができなくなった。。

などということはなくなったのではないか?

そんな問いかけをメンバーにしてみたところ、

みんなそれぞれに納得していた。

やはり、自分の楽器をモノにするために、

それなりにみんな、練習量を積み重ねてきたのだろう。

「これ以上は落ちない」

と言えるだけの、プレイの質がある。

1か月や2か月、忙しくて楽器に触れていなくても、

久し振りにプレイするとすぐに、勘が戻ってくる。

そんな世界があるのだろう。

そんな意味では、ある一定のレベルは

クリアしているのかもしれない。

この感覚は、超えてみて初めて

わかることなのかもしれない。

どんなにいい加減でも、

とにかく続けていることが

大切なのだということを、改めて感じる。

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2009年6月 7日 (日)

酒は習慣化の敵!?

昨日はバンドのメンバーで飲み会、

一昨日は職場の飲み会が。

久し振りに飲む機会。

私はここ最近1年以上もの間、酒をほとんど

飲まなかったのだが、

これが、ものごとを習慣づけることに

とても役立っていたことに気づいた。

一昨日、昨日と2日間の飲み会で、

2週間ほど続けていた、毎日の筋トレが

あえなく途切れる。。

また振り出しに戻ってしまった。

まあ、これに懲りることなく、

また続けていこうとは思うが、

それでも、昨日は

酒が、ものごとを継続する力を断ち切るのに

いかに強力であるかを、思い知った。

考えてみれば、

朝早く起きることにしても、

夜、ランニングを続けることにしても、

酒を飲んだ状態で実行するのは

難しいものだ。

毎日のように酒を飲む習慣のある人は、

特に要注意。

なにか、ものごとを習慣づけるためには、

続くための環境づくりというのも大切だ。

その環境づくりで気を使いたいことのひとつ、

それが、うまく酒と付き合っていくこと。

そんなことを、猛烈な反省の中で感じた、

そんな週末であった。

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やめないこと

きょうは午後から、バンドのスタジオ練習。

メインでやっているのとは別の、

ゆっくりペースで長期間活動を続けるバンドだ。

練習は、月に1回か2回程度のペース。

これを、すでに5年くらい続けている。

月1回くらいの活動だと、なかなか成果が形として

見えてこないもの。

それでも、「ただ続けること」が生む成果というものも、

決して小さくはないという実感がある。

5年という月日がいつの間にか、

自分ではそれほど意識しなくても何かを生み出している。

今日はメンバーとも、そんな話を少しした。

何らかの成果を出すためには、

やはり、それを止めてしまわないことだ。

いい加減でもいいから、

続けるということは大事なのだと、

メンバーと話していて思った。

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2009年5月25日 (月)

丁寧にやること

ホンモノのサービスというものは、

想像力が必要なものだと思う。

どうしたら満足していただけるか、

どうしたらもっと、喜んでいただけるかということを、

常に考えていなければならないからだ。

私は、飲食店に入ったときに

店員さんの動きを観察するのが好きだ。

何気ないひとつひとつの動きが、

お客に対する思いやりに満ちていることを、

感じることができたりするからだ。

すべての動作が、お客を満足させるために

意味のあるものになっていると感じるし、

身のこなしがスマートで、

とても丁寧に仕事をしている感じがする。

そのような仕事ぶりに接すると、

見ている私も、とても豊かな気持ちになれる。

マニュアルどおりのサービスでは実現できない

高いレベルのサービス。

そんなサービスを受けることになると、

そのサービス提供者は、とても感性豊かな人だろうなと、

そんな風に感じられる。

やるべきことひとつひとつに心をこめて、

丁寧にやっていくことで、

豊な感性が身についていくのだろう。

     ***

関連記事:

●2009年5月23日(土) 感じてること、それがすべて

●2009年5月22日(金) 心を開いて「感じる」

●2009年5月21日(木) 定点チェック

●2009年5月20日(水) いつもと違う道を歩く

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2009年5月 5日 (火)

エリック・カール展

本日は、絵本作家として有名な、

エリック・カールの展示会へ行ってきた。

絵本の「はらぺこあおむし」の人だと言えば

多くの人はピンとくるのではないか。

エリック・カール氏は1929年生まれというから、

もう80歳になる。

しかし、今でも精力的に絵本の最新作を

発表しているとのこと。

一見かんたんそうな絵に見えるが、

実はさまざまな工夫が施されている。

彼の絵は主に、絵の具でデザインを施した

ティッシュを切り抜き、貼り付けて作られる。

着色されたティッシュは、絵の材料として色別に

ストックされており、それら多くの色とデザインを、

ひとつの絵を作るために組み合わせるのだそうだ。

ヒット作を生み出すまでに彼は、

やはりそれなりに試行錯誤を重ねているようだ。

確立された手法だけを用いて成果を出すのではない。

常に新しいものを生み出そうとしている。

楽しみながら、いろんなことにチャレンジする人なのだ。

1冊の絵本にはやはり、見えない工夫が凝らされていた。

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2009年5月 4日 (月)

「熱狂の日」音楽祭2009

ゴールデンウィークといえば、コレ。

我が家は昨年に引き続き、「熱狂の日」音楽祭に

足を運んだ。

「熱狂の日」。

ラ・フォル・ジュルネ」と呼ばれるこの音楽祭は、

毎年ゴールデンウィークに東京国際フォーラムを

中心に繰り広げられる、クラシックのお祭りだ。

毎年、1人または複数の作曲家にフォーカスして

テーマが設定される。

音楽祭の期間中は、有料公演・無料公演が、

東京国際フォーラムを中心に丸の内周辺の

あらゆるところで開催されている。

今年のテーマは「バッハとヨーロッパ」。

ラ・フォル・ジュルネ

バッハはこれまで私にとって、それほど興味のある

作曲家ではなかったのだが、こうしてバッハの

音楽にたくさん触れてみると、やはり名曲がたくさんあって、

聴かずにいるのはもったいないと感じる。

今日はロシアの民族楽器を演奏するカルテットの

有料公演を聴いた。

バッハの曲が興味深いアレンジによって

イキイキと演奏されていた。

オーケストラで演奏される

「トッカータとフーガ 二短調」も面白かった。

アウラというア・カペラグループの演奏を

夕方、広場で聴いた。

5人組の女性グループ。

ア・カペラにオリジナルの英詞を乗せて歌う

ヴィヴァルディの「四季」より春の第1楽章。

バッハの「トッカータとフーガ 二短調」の

迫力あるコーラスはすごかった。

家族4人でクラシック音楽を1日堪能した。

「ラ・フォル・ジュルネ」はスタートしてから今年が

5年目。知名度も上がり、観客動員数も100万人を

超えるというからスゴイ。

難点は、とにかく居場所がないこと。

東京国際フォーラムのキャパを超える動員数に

達しているのではないかと思う。

有料公演で座席に座っているとき以外は、

とにかく座る場所を探すにもひと苦労だ。

あれさえ何とかなれば、もっとゆっくり楽しめるのだが。。

今年、私の目標の1つが「本物体験」をすること。

心豊かになれる本物の音楽を、今日は味わった。

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2009年4月30日 (木)

【雑記】休日の過ごし方を反省

最近、休日の時間の使い方が上手くない。

振り返ってみると、そのように感じる。

なぜだろう?

考えてみると、

生活が不規則になりがちなのがひとつ。

もうひとつは、「時間の天引き」ができていないため

ではないだろうか。

何かやりたいことがあって、

それを続けようと決意していても、

それだけではダメで、現実的に、続けるための

手法を確立していかなければいけない。

目標があっても、それをブレークダウンして

実際の行動につなげていかなければ、

その目標が「絵に描いた餅」になるのと同じ。

現実策として必要なことは何か?

そのひとつは、それをするために必要な時間を、

確実に確保することだ。

そのためにできる手法が、「時間の天引き」。

何よりも先に、やりたいことをする時間を確保する。

そして、確保したら必ず、その時間はそのことに使う。

「あまったら貯金しよう」という考えでは

なかなか思うように貯金はできないもの。

今の私の休日は、

「あまったら貯金しよう」的な発想に

陥ってしまっているようだ。

意識して、時間を天引きしていきたい。

     ***

関連記事:

●2008年12月8日(月) 時間の天引き

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2009年4月19日 (日)

【雑記】良き習慣を取り戻す

仕事が落ち着いてからというもの、

いままでの生活リズムがどうもつかめずにいる。

食生活の乱れ、不規則な生活。

なんとか立て直そうとしているが、

悪習慣はどうも、すぐに体に馴染むようで、

すでに乱れた食生活や不規則な起床・就寝時間が

身についている。

20時を過ぎたら食べないとか、

休日でも早起きしてランニングに出かけるとか、

通勤電車の中でビジネス書を読むとか、

夜更かしをしないとか、

思うようにできなくなっている。。

これらは意志の力に頼っても上手くいかないもの。

それは、これまでに学んできた。

その学びによれば、

感情はひとまず無視して、「やる」と決めることだ。

それも、無理なことではなく、確実に一歩を踏み出せるように

小さな一歩を設定するのがポイントだ。

当面は、ランニングを定着させること、

夜更かしをしないこと。

何とか工夫して定着させたいと思っている。

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2009年4月 5日 (日)

長期戦

今夜もまだ、仕事中だ。

ブログ記事を投稿する時間も、

なかなか見つけることができずにいる。

昨日から続いているシステムの切替は

長期戦に突入している。

作業中、想定外のトラブルもありながら、

何とか少しずつ前進を続けている。

予定していたとおり順調、というわけには

なかなかいかない。

想定外のことも多く起こる。

起こりえないような事態をいかに想定して、

リスク対策をとっておくかが大切だ。

想定外のことが起きたからといって、

身動きがとれなくなるわけにはいかない。

前進するしかないのだ。

忍耐、体力、粘り、それに勇気も必要な、

システムの切替作業。

最も大切なのは、

何がなんでもやりぬくという決意。

私たちの提供するサービスの向こう側には、

多くのお客さまがいる。

後ろ側には、この仕事を助けてくれた、

いろんな人たちが、いる。

その人たちの仕事の成果を背負って、

本番サービスの切替に臨んでいるのだ。

何がなんでもやり遂げなければ、いけない。

この週末の長期戦を制することができるか。

最後の詰めをがんばっていこう。

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2009年4月 4日 (土)

今日もまた粘り強く

今日もまだ仕事、最後の大詰めを迎えている。

担当しているシステムの本番切替作業だ。

受験のような気分。

合格か不合格か、結果はどう出るやら?

システム屋の仕事はどうしても、

休日や夜間が出番になる。

あと2日。最後の詰めだ。

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2009年4月 2日 (木)

粘り強く

グリムス、最近表示が調子悪いと思っていたら、

いつの間にか2本目の樹が大人に成長していました。。

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今日はまだ仕事中。

難しい、とても頭の痛い調査をしている。

こういうときは、とにかく、粘り強くいきたい。

粘り強さは、成功を収めるために持っておきたい、

大切な資質だと思う。

などと言っているうちに、

解決の糸口がつかめてきたようで。

随分と頭の痛い思いをしたが、粘り勝ちか!?

やはり、粘り強くものごとに取り組むことは

大事なものだ。

と、実感しているところだ。

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2009年3月30日 (月)

続けるポリシー

私は一応、このブログ記事を毎日欠かさずに

書いていこうというポリシーを持って続けている。

最近、朝の更新ができない日が多くなってきたが、

それでも何とか1日に1本の記事を投稿しようと

こうして今日も、終電直前の電車に乗り、

座席に座りながらPCに向かう。

たとえば、1000文字以上とか

原稿用紙4枚分とか、

変に高いハードルを設けていたとしたら、

今日みたいな「いい加減」な継続は

許せなかったかもしれない。

しかし、いい加減でもいいから

とにかく毎日続けると決めているから、

内容はともあれ、こうして今日も更新しようと

取り組んでいる。

心が折れないように、継続を最優先で、

ハードルを下げて取り組んでいこうと思う。

この「いい加減な」積み重ねが、

いつの日か、質に転化することを信じて。

というわけで、こんな適当な内容だが、

今日はこんなところで。。

     ***

関連記事:

●2009年3月29日(日) 毎日1時間

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2009年3月29日 (日)

毎日1時間

毎日1時間でいいから、無為に過ごしている時間を

何か有益な目的のために向けてみるがいい。

そうすれば、平凡な能力しかない人間でも

必ず学問の一つくらいはマスターできるようになる。

そしてどんな無知な人間でさえ、

十年もしないうちに見違えるほど博識の

大人物に変わっていくはずだ。

―『自助論』(S・スマイルズ著/竹内均訳)
 三笠書房

1時間だと脳が危機を感知して、

逃走反応を示すだろうか?

創造力が停止してしまうだろうか?

もしそうなら、30分でもいい。

あるいは15分でもいいだろう。

その時間で何か有益なことができるだろうか?

考えて取り組んでみたい。

あまり深く考えずに、取り組んでみたい。

簡単に継続できるくらい小さなことでいい。

ボーッと無駄な時間を過ごすくらいなら、

ボーッとしながらでもできるくらいの、小さな取り組みを

続けてみてはいかがだろうか?

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2009年3月20日 (金)

近所の飲み屋へ

1年ぶりくらいだろうか?

よく足を運んでいた、近所の居酒屋へ

久し振りに家族4人で食事に出かけた。

酒肴・酒菜 スグリ

マスターとは数年来の顔見知りなのだが、

私が酒を飲まなくなったこともあって、

すっかり足が遠のいていた。

一人あたり5,000円もあればたらふく飲み食いでき、

それでいて、そこらの居酒屋チェーンよりもよほど

質の高い料理を味わえる。

近所にあると何かと重宝する。

マスターの、こだわりのある仕事ぶりには、

私も見習うべき姿勢がある。

酒を飲むことは、

ムダな時間を消費することにつながる

危険もあるが、

貴重な社会勉強ができる機会を得ることも、

ある。

酒を味わう時間というのもまた、

ムダな時間のように見えて、人生における

大切な何かを、得ることができるのかもしれない。

     ***

酒肴・酒菜 スグリ

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2009年3月14日 (土)

重松作品を大人買い

重松清という作家の作品を、最近気に入ってよく

読んでいる。

とても温かい、人間味のあふれる話が多く

昨日の記事で書いたような、

「その著者の他の著作を、

時系列で過去から現在に向かって

たどっていく」

という作業をやってみたいと

思うような著者である。

今日はそれをやってみようと、

Amazonにアクセスしてみる。

「重松清」とインプットして検索ボタンを押す。

そうすると、出てくる出てくる。

120件ほどの検索結果が返ってくる。

これを、大人買いするには。。

いちいち、買いたい本を全部買い物かごへ

入れなければならないのだろうか。。

「大人買い」機能みたいなのが

あればいいのに、と思う。

検索でヒットしたものすべてを選択して、

買い物かごへ入れる、というような機能。

ひょっとしたら、そんなこともできるのだろうか?

誰か良い方法を知っていたら、教えてください・・・。

仕方がないので、まずはリアル書店で

買えるだけ買ってこようと思い、

近所の書店へ足を向ける。

小さな書店なので、それほど多くは置いてなかったが、

それでも10冊ほどは置いている。

これだけ買えば、しばらくは読み続けられる。

そう思い、さし当りその書店に置かれている10冊ほどを

「大人買い」してみた。

(大人買いと呼べるほどの量でもないのだが。。)

残りは、Amazonでチェックして、モレぬけのないよう

全作品をオーダーしよう。

あまり知らなかったのだが、この人案外

早いペースで多くの作品を出しているようだ。

これから、過去から順番に時系列で、

楽しんで読んでいきたいと思う。

     ***

関連記事:

●2009年3月13日 (金) 効果的な本の読みかた

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2009年3月 1日 (日)

ブログ記事の棚卸

今まで書きためた記事を、

今日は思い切って整理してみた。

過去の記事から有効な情報を引き出すのが

難しくなっていたので、

テーマ別にマップを作っている。

本日公開したのはまだ一部だけだが、

今後もいろんな切り口でカテゴリーを設定して、

有効な情報を見つけやすくしていきたい。

それにしても、毎日欠かさず投稿しているだけあって、

記事の数だけは相当増えてきたなあ、と思う。

読み返してみて、自分の記事ながら

改めて勉強になるものもあれば、

文章力が全然なっていないと、

自分でダメ出ししたくなるようなのも、ある。

こうして時折振り返りながら、

自分の文章力をブラッシュアップしていく。。

これも棚卸の大きな目的のひとつだ。

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2009年2月28日 (土)

誠実に生きる

また風邪の症状がもどってきた。

昨日の寒さ。

それに最近、生活が少し不規則になって

体が弱ってきているのだろうか。

それらが影響してか、

今日は体調が思わしくなく、

一日安静に過ごした。

     ***

今日も、ちょっと気になる中国故事を

取り上げてみる。

韓非子にこんなのが出てくる。

「巧詐は拙誠に如かず」

「巧詐」とは、嘘をついたり言葉巧みに人を

だますようなことをいう。

対する「拙誠」の方は、読んで字のごとくだが、

要するに愚直ということ。

策をめぐらして、うまく世渡りをしようとするよりも、

不器用でも誠実に生きようということだろうか。

私はこの言葉をそんなふうに捉えている。

私自身、口達者でもないし、巧みなトークで

世の中を渡っていくような生き方はできないだろう。

それだけに、「誠実」に、「愚直」にものごとを積み重ね、

信頼を築いていくのは大切なことだと考えている。

そんな生き方が、きちんとできているかどうか、

いつも自分自身に問うていきたい。

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2009年2月16日 (月)

自分の決断を信じる

昨日は妻と買い物に出かけた。

妻は、真冬以外のわりと暖かい時期に着る、

それほど厚くない上着が欲しいとのこと。

店で、2種類よさそうなのを見つけて、

悩んでいたが、店員さんや私の

アドバイスなども聞き入れた結果、

そのうちの一着を購入することに。

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妻は、買い物でものを選ぶのがあまり上手くない。

いつもあれこれ悩んで、なかなか決断できない。

昨日も、帰り道に話していると、

「もう一着の方も良かったなあ」

「これ買って良かったんかな?」

という言葉が飛び出してくる。

まだ、迷いが吹っ切れていない様子。

購入の決め手となった「判断基準」とは

別の要因が頭に浮かんできているのだ。

すべての要因を満たすことのできる、

満足な選択ができることは、

なかなかない。

すべての欲求を満たす買い物をしようとすると、

お金がいくらあっても足りなくなる。

だからわれわれは、優先すべき欲求が

満たされることを基準に、選択をする。

その選択は、自分の基準でしたことなのだ。

間違っていない。

優先順位をつけて選択をしている限り、

満たされないことは必ず出てくる。

満たされない側に目を向けるよりも、

優先した欲求が満たされたことに

向けた方がいい。

間違った決断をしたかもしれないと、

満たされない部分を悔やむよりも、

望みのかなった幸せを、味わう方がいい。

判断するためには、あらゆる情報を頭に入れて

最善の選択をしようと考える。

しかし、最終的な決断をしたあとは、

自分の判断が正しかったと信じたい。

「せっかく、いい買い物をしたのだから、

もっと、その幸せを味わったほうがいいよ」

私がそう伝えると、妻もようやく納得し、

気持ちを切り替えてくれたようだった。

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2009年2月15日 (日)

自分の思いが環境を作り出す

いつも走っている周回コースを直線にすると、

どのあたりまで行けるのだろうか?

そう思って、今日はいつもと違うコースを

走ってみることにした。

1時間走るので、約30分で折り返すことにする。

30分、それもゆっくり走るだけでは

それほど遠くまではいけない。

期待していたほどは進めなかった。。

鉄道の駅にして3駅ほど、

3市にわたるコースを走った。

しかし、景色はいつもと全然違って新鮮。

もともと、ウォーキングコースとして

周辺の市も整備に力を入れているコースなので、

走っていてとても気分がいい。

途中、多くの人たちとすれ違いながら、走る。

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●ウォーキングコースとして整備されている、
 玉川上水沿いの土手

「心の中に蒔かれた

(あるいは、そこに落下して根づくことを許された)

思いという種のすべてが、

それ自身と同種のものを生みだします。

それは遅かれ早かれ、行いとして花開き、

やがては環境という実を結ぶことになります。

良い思いは良い実を結び、

悪い思いは悪い実を結びます。」

― 『「原因」と「結果」の法則』(ジェームス・アレン著)

環境によって結果が左右されると

思いがちだが、実はその環境も

人のこころが作り出しているものだ。

望む結果があるなら、

それをかなえるための行動を

しなければならない。

その行動はすべて、「良い思い」から

導き出される。

何か上手くいかないことがあったとき、

われわれはともすると、周囲の環境に

不満を持ってしまいがちだ。

しかし、それも実は、自分の思いが

映し出されたものと考えられる。

不満を言う前に、自分の中に何か

「悪い思い」が潜んでいないか、

よく考えてみたいと思う。

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2009年2月11日 (水)

歴史に名を残す人、その人生の時間

歴史上に名を残す人物の人生は、

その名を残すことになった偉業と比較して

薄っぺらく見えてしまうことがある。

それは、見る側に想像力が足りないだけなのだが、

偉大な業績を達成するために彼らが、

どれだけ質の高い、濃密な時間を費やしてきたか

ということは、その人物の人生について

深く学ばなければ想像すらできない。

リアルタイムで偉業を成し遂げようとしている

同時代を生きる人を見ているのとは違い、

歴史上の人物については、偉業を成し遂げた

その結果だけが残っている。

そのプロセス、時間の感覚がわかりにくいから、

結果として残された偉業がどれほどの時間の経過、

試行錯誤、失敗を伴ったものかが伝わりにくい。

偉業を成し遂げるプロセスを知るには、

想像力がいる。

その人たちの足跡を、書籍などの膨大な資料から追い、

たどっていく必要がある。

そしてたどってみると、その壮絶さに圧倒される。

学校の歴史の授業で習った知識が

すべてだったりすると、それがその人物に関する

すべての情報になってしまう。

たとえば源頼朝という人は、

「いい国つくろう鎌倉幕府」

だけで記憶にとどめている人もいるかもしれない。

これが頼朝に関するすべての知識だとすると、

頼朝の人生は、とても薄っぺらに感じるだろう。

一人の人間の人生がそこにあったと、

そんな意識をもって歴史的事実を見ることが

できないかもしれない。

しかし、よく考えてみると、当時は

平安時代を通して定着していた、

既存の「律令政治」というものがあった。

武士が台頭してきた平安末期、

頼朝は既存のしくみを破壊することなく、

その上に武家政治の基礎を築き上げた。

既存の権力構造はそのままに、

二重権力構造を編み出した、その創造力というのは

常人の技ではないはずだ。

ちょっと、その人のやったことの本質を

たどってみれば、そのすごさに圧倒される。

アーティストであれば、もっとそのすごさを感じやすい。

「交響曲第5番」という、クラシック音楽の中でも

最も有名だといわれる曲を作り出したベートーヴェン。

「印象、日の出」という作品をきっかけに、

「印象派」という絵画の一時代をつくったモネ。

その作品には手軽に接することができるが、

それに触れた瞬間、その人の人生の時間が

いかに濃密であったのかを、感じさせられる。

これだけ豊かなものを作り上げるのに、

どれだけの時間の積み重ねがあったのか。

その作品の質に、想像を絶するものがある。

歴史に名を残すだけの、

圧倒的な時間の積み重ねがあったという

その事実に、もっと目を向けたいと思う。

偉業の裏側に、どれほどの濃密な時間が

流れていたのか。

私は歴史に名を残した人たちについて、

もう一度学び直したいと考えている。

「いい国つくろう鎌倉幕府」レベルの知識から

脱却し、深く学んでいきたいと思う。

それが、自分の生き方を考えるきっかけに

なればと思う。

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2009年2月 8日 (日)

久し振りに走る

快晴。

昼になって、強い風が出てきた。

朝は穏やかだった。

久し振りに朝からゆっくり、ランニング。

実は先週、フットサルで右足の太ももを

痛めてしまい、水曜日くらいまでは

歩くのも辛い状態だった。

金曜日くらいになって、ようやく、

人と並んで歩いても、

ついていけるようになった(苦笑)。

少しくらい走れそうだったので、

今朝はリハビリがてら、ゆっくり走ってみた。

1周14分くらいで走るコースを、

19分のペースでゆっくりゆっくり。

晴れていて暖かく、気持ちがいい。

こんなにも、走るのは楽しかったか。

晴天の中、音楽を聴きながらゆっくり走る。

至福の1時間を過ごした。

小さな幸せを味わえることに感謝!

20090208_
●いつものランニングコースを
 走りながら撮影

『自分自身を改善するということは、

真の意味での自己犠牲を払うということに

ほかなりません。

真の自己犠牲とは、

心の中からあらゆる悪いものを取り払い、

そこを良いものだけで満たそうとする作業です。

自分自身を意欲的に改善しようとする人間は、

明確に設定した目標の達成に、

けっして失敗することがありません。

物質的な目標をめざすときでも、

知的、精神的な目標をめざすときでも、

まったく同じことです。

たとえ富の獲得だけをめざしている人間でも、

その目標を達成するためには、

大きな自己犠牲を払わなくてはなりません。

もしあなたが、バランスのとれた真に幸せな人生を

手にしたいと願うなら、

なおさらそうしなくてはなりません。』

― 『「原因」と「結果」の法則』 (ジェームス・アレン著)

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2009年1月31日 (土)

留守番

昨日は、アースシップコンサルティング松山淳さん

の出版記念講演を聴きにいった。

松山さんは昨年、『「上司」という仕事のつとめ方』

という本を出版されたところだ。

その後、講演に参加された方がたとの

「夜話会」(交流会というか、まあ飲み会)にも参加。

それほど大きな規模でないため、

松山さんはじめ、他の方との交流も深めることができた。

みなさん、ブログやメルマガを発行されていたり、

本を出版されている方もいらっしゃったり、

意識の高い方が多いなあと感じた。

そんな、出会いの場を下さる松山さんに感謝。

普段は酒を飲まない私だが、昨日の夜話会では

ずいぶんと久し振りにたくさん飲んだようだ。

気分良く飲んで、帰りもずいぶん

遅くなってしまった。。

     ***

本日は、夕方から妻が出かけるということで、

私が2人の子どもを預かって留守番を

することに。

夕食に、3人で食事に出かけた。

近所にしゃぶしゃぶの「木曽路」がある。

ちょっぴり高級なファミレスという感覚で、

よく利用する。

20090131_

妻なしで子ども2人と外食をする機会は

あまりない。

2人の面倒を1人で見るのは、

意外と大変なものだ。

父親の私が奮闘しながら、

どたばたもしながら、

家族3人の食事は進んでいく。

普段、こんな子どもたちの面倒を

しっかり見てくれる、妻に感謝!

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2009年1月30日 (金)

すべてはアウトプット中心に

雨の金曜日になった。

朝、目が覚めると、しとしとと

音にならない音が、聞こえるよう。

無音の、雨の気配のような、

静かな音を感じる。

今日はちょっと雑記的に。

何かものごとに取り組むときに、

まず最初にアウトプットから考える。

考えてみると、あらゆることに

それは当てはまるようだ。

仕事の段取りという観点でも、

仕事をゴールから俯瞰していく

考え方は大切。

前から、思いついた順番に、

手当たりしだいにこなしても、

なかなか良い成果を生むことはない。

最終形を最初に見据えていないだけに、

自分の取組の成果が保証できない。

目標をたて、その達成に向けて

努力を積み重ねる。

目標を立てることもやはり、

ひとつのアウトプットのかたち。

目標がないと、どこへ向かって進んでよいものか

見当がつかない。

自分がどこへ進もうとしているかわからず、

迷走することになりかねない。

読書をするとき、あるいは何かを

勉強するとき。

その成果は何だろう?

そう考え、読書の成果を設定する。

勉強の成果を測る指標を設定する。

これも、目標設定であり、

アウトプットを中心に考えるということだ。

アウトプットを想定しないインプットは

なかなか効果的にはいかない。

目標のない勉強は、

なかなか効果を発揮することがない。

資格を取得すること。

これは勉強の目的か?

成果を測るひとつの指標とはなるが、

これ自体、目的とはちょっと違う。

取得した資格をどう生かすか。

資格取得のために積み重ねた勉強を、

どのようにアウトプットしていくか。

その観点がほしい。

私自身、インプットの質を高めるために、

どのようなアウトプットができるかを、

よく考える。

いまが完成形なのではなく、

これからも発展させていくつもりで。

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2009年1月20日 (火)

いろんなものに目を向けてみる

今週は曇りぞらの朝がつづく。

朝の通勤時に私はよく、携帯しているiPhoneの

カメラで写真を撮影する。

携帯電話のカメラはフラッシュがついていないので、

曇っている日には思うような写真が撮れない。

20090120_

「カラーバス効果」という言葉がある。

何気なくものを見ていても、何かに気づくことはないが、

ある目標を設定すると、あるいは何かに意識を傾けると、

とたんにそのことが目に飛び込んでくるようになる。

目標を決めること、問題意識を持つことが、

脳に対して検索キーワードを投入することになるのだ。

脳は、キーワードが与えられると、それに関連する情報を

勝手に集めるようになる。

これが、「カラーバス効果」と呼ばれるものだ。

お気づきかもしれないが、実をいうと私は、

朝の通勤途中に何か写真を撮影し、

ブログの記事で一緒に取り上げるのを

最近の日課としている。

そうすると、ブログの記事にアップするのに

ふさわしい写真を撮影することが、目標になる。

必ずしも、納得のいく写真ばかりが

撮れているわけではないが、

ともかく毎日、何か撮るようにしている。

その意識を持っていると、とたんに

通勤途中でもシャッターチャンスを探すようになる。

私の場合、基本的には3か所のシャッターチャンスがある。

自宅から最寄り駅付近、乗り換え途中、

職場の最寄駅付近の3か所だ。

この3か所を歩いて移動している間は、

何か面白そうなものはないかと、

あたりをよく見まわしながら歩くようになった。

写真を撮影するだけでなく、いろんな気づきもある。

都心部でも意外と、緑は多いものだな。。

そんなことも、気づきのひとつだ。

カラーバス効果と呼ぶにふさわしいかどうかは

わからないが、こうして何かに意識を傾けることで、

目に入ってくる物事に、変化が訪れる。

人は、意識していないものは見えないもの。

普段あまり意識を向けないことに、

たまには意識を傾けてみるのもいい。

それが新たな発見や、価値観の変化につながれば、

人生はもっと豊かなものに、なるのかもしれない。

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2009年1月11日 (日)

決断にかける時間

今日は妻が家を留守にし、1人で出かけていた。

そのため、2人の子どもの面倒は私が見る
ことになった。

最初、3人で家にいて留守番をしていたのだが、
午後になって、せっかくだから出かけようと
思い立った。

長男に、「今から出かけるぞ!」と宣言。

しかし、どこへ、何をしに行くのがいいか、
この時点で何もアイデアがない。

こんなとき、私はしばしば、
なかなか決められないことがある。

今日もそうだった。

何をしに行くのか?

遠くへ行くか近くにするか?

行ったことのない場所へ行くか、
おなじみの場所へ行くか?

寒くないところ?

子ども2人を連れて歩くのに
アクセスの悪くないところ?

などといろいろな要件を考える。

このようにして、いつの間にか時間を
使っていることがある。

結局、よく知っている隣町の日帰り温泉施設を
利用することにしたのだが、これを決めるのに
1時間くらいはかかっただろうか。

これはなかなかの、時間のロスになった。

その間、子どもたちは退屈そうに惰性で
遊んで待っている。

私はときどき、ちょっとしたことに迷って
決められなくなることがある。

食事をするのに店を決めるときも、
なかなか決められないことがある。

決断力をアップして、迷う時間を減らしたい。

食事をする店を決めるときや、
注文する料理をメニューから選ぶときは
最近、3秒ルールを自分に課していて、
決断ゲームをやっている。

今日のようなケースでも、
答えを出すのに使う時間を最初に
決めるなどして、必要以上に
迷わないようにしたいものだ。

     ***

ちなみに、今日行ったのはココ

●村山温泉かたくりの湯

http://www.katakurinoyu.com/

3連休の中日ということもあってか、
とても混雑していた。

湯船はまさに、”イモの洗い場”状態。。

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2009年1月10日 (土)

本を読むための時間

外は強い風が吹いている。

午前中はあまり晴れていなかったが、

風で、雲がどんどん流れていっている。

午後になって、いつの間にか

青空がのぞいてきた。

20090110

●自宅のベランダから。東の空を望む

考えてみると私は普段、本を読むための時間を

ほとんどとることがない。

たいていは移動時間などの細切れ時間を利用して、

その時持っている本を少しずつ読む。

夜寝る前や、朝起きた直後に10分ほど、

いつも決まった本を一節だけ読む。

などといった本の読み方をする。

カフェでじっくり本を読む、などということも

久しくしていないのではないか。

自宅で数時間、まとまった時間を取って

本を読むことも長らくない。

本を読む量が少ないわけではない。

たいていの本は、通勤時間の1~2時間だけで

読み切ってしまっているのだ。

ただ、だから、あまりボリュームのある本は、

最近読んでいない。

この3連休は久し振りに、本を読むための

時間というのを作ってみようかと思う。

まとまった至福の、読書の時間。

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2008年12月28日 (日)

成長した樹

踏みしめる土も凍てつく、午前7:00。

晴天なれど、寒さは厳しい。

枯葉の落ちる土を踏むと、

かき氷をスプーンで崩すかのように、

サクッサクッと鳴る。

20081228

昨日買ったヘッドホンを早速試した。

少しボリュームを大きめにして聴くと、

思いのほかしっかり音が伝わってくる。

それでいて、周囲の音、たとえば私自身の

靴音や、ランニングウェアが擦れて鳴る、

シュッシュッというような音も、

普通に耳に入る。

もちろん、車の通る音、電車の通過する音も。

イヤホンをつけているときのような、

密閉された感じがない。

適度に音楽と距離がとれているように

感じ、閉塞感もなくて、いいかもしれない。

普通に、どこかから音楽が流れているのを

聴いているような、そんな自然な感覚。

          ***

ところで、私のこのブログに設置している

唯一のブログパーツ「gremz(グリムス)」。

2か月あまりをかけて、大人の樹に成長したようだ。

1230420391_06126

ブログ記事を投稿することで、

樹は成長する。

大人の樹に成長すると、NGOを通じて

実際に植樹されるとのことだ。

日を追うごとに、苗の成長が見えるので、

私にとっては記事を投稿するモチベーションの

1つとなっている。

もちろん、記事を読んでくださる方がいる

というのが続けることの動機付けになっているのは

言うまでもない。

まだまだ未熟な、私自身の勉強のためでもある。

自分の中に、いろんな意味付けをしながら、

これからもせっせと続けていこうと思う。

晴天の日曜日。

すでに動き出した、これからの人生の最初の1日。

良い1日を!!

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2008年12月27日 (土)

耳の健康

骨伝導ステレオヘッドホンというのを買ってみた。

耳に直接当てるのではなく、耳の少し手前、

あごの付け根あたりにつける。

考えてみれば私は、毎日毎日、

耳を酷使する生活をしている。

出勤前のカフェでは、ブログ記事を書きながら

音楽を聴いているし、通勤電車の中でも、

iPODでオーディオブックを聴いている。

ランニングをしているときも、音楽は手放せない。

走るよりも音楽を聴く方が目的といっても、

過言ではない。

あとは、バンド活動をしているため、

スタジオの中で大音量の音楽を浴びる。

耳鳴りもよく起こるので、

ちょっと気にはしていた。

そこで、今日買い物に出かけたときに、

冒頭の骨伝導ステレオヘッドホンを見つけたので、

早速試してみようと購入。

20081227191902

●モリト株式会社が製造している、
  オーディオボーンという製品だ。
 愛用のiPhoneと共に

いま、記事を書きながら試聴している。

今ひとつ良さがピンと来ていないが(苦笑)、

耳に直接当てなくても音が鮮明に聞こえるので、

「骨伝導」の効果が出ているということか。

いつも使っているカナル型のイヤホンと比較すると

聞こえる音は小さめ。

重低音もあまり感じない。

そんなものなのだろうか?

走りながら音楽を聴くのに使うとどんな感じだろう?

この製品は耳に直接当てないから、

・耳に悪影響がない

・周囲の音もしっかり聞こえる

というのが売りのようだ。

はたして、一番の目的である、

「音楽を楽しむこと」が、屋外でどれだけ

達成できるのだろうか。

明日にでも早速試してみたい。

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2008年12月20日 (土)

甲斐路へ

20081220_1

甲府へ来ている。

41歳にして、初めて訪れた土地。

長男(小1)との二人旅だ。

妻が友人のところへ遊びに行く予定を

入れていたので、それならこの機会に

ということで、急にひらめいた。

訪れる土地を決めたのは、

今朝起きてからのこと。

甲府駅前の武田信玄像(冒頭写真)。

駅から目と鼻の先にある甲府城。

初めて来た街だが、不思議と

初めての感じがしない。

前から知っていたかのようだ。

想像していたとおりで、大きな街ではない。

関西出身である私の感覚でいうと、

町の規模は奈良に近い。

いや、奈良の方がにぎわいがあるだろうか。

そんなことを楽しく考えながら、街を歩く。

甲府城跡からは富士山がよく見える(写真下)。

20081220_3

湯村温泉の「常盤ホテル」というところに

宿泊している。

大人1、子ども1の2人連れには、

あまりに広すぎる部屋。

今は、夕食を堪能してくつろいでいる。

移動中にムービーDVDを数枚買いこんできた。

これから楽しむつもりだ。

非日常的な空間に身を置くことで、

前向きなエネルギーを充てんするとともに、

ひらめき脳を開発していきたいものだ。

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2008年12月18日 (木)

トラブルは隙をついてやってくる

こんなに生活のペースを乱されるのは

久し振りのことだ。

昨日は、夜中にシステムのトラブルが発生し、

対応することになった。

結局、明け方近くまで起きていたのだが、

その影響で、今朝は完全にペースが乱れている。

こんな経験はここ1年以内で記憶にない。

昨夜は、職場での忘年会もあり、

関係者全員が、1年で最も無防備な1日だったに

違いない。

トラブルは、そんなタイミングを巧みについて

やってくる。

それも、クリアできていなかった課題の部分が、

そのトラブルの引き金になっていたりする。

トラブルのつけいる隙を、

与えないような仕事のしかたを

しないといけない。

トラブルが発生するということは、

それを呼び込むような、

習慣を持って仕事をしているのだ。

ここから何を学ぶか?

よく考えてみたい。

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2008年11月24日 (月)

紅葉の中でランニング

20081124 左の写真は、いつものランニングコース

に入っている都立公園内の紅葉。

左側は運動公園、兼陸上用トラック。

冬が近づいていることがわかる風景。

中綿入りのウィンドウブレーカーに身を包んで走っていると、
まだ汗がじっとり出てくるほどだ。寒さはまだまだ本格的
とは言えないのだろう。

今日は「SHURE」のイヤホンで音楽を聴きながら走ってみた
が、やはりノイズは凄いものがあった。

全然音楽に集中できない。。

(参考)
2008年11月16日(日)『快適なランニングのために』

やはり、走るときはヘッドホンだろうか?

何か良いアイデアはないものか。

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2008年11月23日 (日)

小学校の展覧会へ

昨日は、長男の通っている小学校で展覧会があった。

せっかくだからと、妻と一緒にちょっとだけ
見に行くことにした。

はじめは、長男の作品をながめるだけで、
すぐに帰ってこようと思っていた。

しかし、そこに繰り広げられていたのは、子どもの
圧倒的な創造力&想像力の世界。

とても魅力的な空間が創出されていたのだ。

特にすごいと思ったのは、これ。

20081122134817

陶芸といえば、私の小学生時代には、

湯呑かマグカップ程度のものしか

作った記憶がない。

これは6年生の作品で、さすがは

上級生ともなると違うなあ、と感心する。

どうやら、ここでは「庭園」がテーマになっているようで、
他にも魅力あふれる独自の世界が繰り広げられていた。

低学年の作品も、技術的には稚拙なところが
多々見えるが、創造力という点では、すごいパワー
にあふれていた。

ちなみに、1年生である長男の作品は、、、

20081122135144

1年生は「たいよう」がテーマらしく、
ひたすら元気よく描いていた。

結局、ちょっとだけ見るつもりが、1時間以上もの間、
すべての学年の作品を堪能することになった。

こういうものを見せられると、私たち大人は何か、
大事なものを忘れて大人になってしまったのかと
感じてしまう。

子どものころは持っていた想像力が、いまの私に
どれほど残っているだろう?

小学校時代、私たちは、心豊かに生きる方法を、
実は学んでいたのかもしれない。

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2008年11月16日 (日)

快適なランニングのために

今日もあいにくの雨模様。傘をさすかどうかを
迷うほどの、微妙な降りかた。

それでも、何とか走る時間を取ろうと思い、
着替えて外へ出ることにした。

先週、平日の仕事が忙しめで、走る時間が
とれなかったからだ。

今日は、iPhoneを携帯して出かけることにした。
もちろん、走りながらお気に入りの音楽を聴くためだ。

iPhoneはもともと、iTouchに携帯電話機能をつけた
ものだから、iPodと同等の機能が内蔵されている。

走るときにいつも使っているmp3プレイヤーが
古くなってきたので、この機会にiPhoneを携帯すると
どんな感じか試してみようと思ったのだ。

これから冬に向かうので、上着のポケットに入れるなど
すれば、iPhoneくらい本体の大きいものでも携帯可能
だろうと思う。

ただ、夏のランニングで携帯するには工夫が要りそう。

あとは、イヤホンの問題だ。

私は、走るとき以外にも、通勤電車の中や歩くときには
オーディオブックなどをイヤホンで聞いている。

音漏れや音質も気になるので、mp3プレイヤーなどに
付属してくるイヤホンは使わず、少しいいのを別に買って
使っている。

このイヤホン、音質面や音漏れ対策としては良いのだが、
ひとつ気になることがあるのだ。

それは、歩くときの振動が、耳の中にダイレクトに伝わって
くるということ。電車の乗り換えで歩く間、自分の足音が耳に
届いてとても気になる。

遮音性に優れていると、こういうことが起こるのだろう。
イヤホンのコードがシャツの襟に触れるだけでも、その雑音が
増幅されるようだ。

歩くときですらこれだから、走るのにこのイヤホンは使いにくい
だろうと思う。

ちなみに私は「SHURE」という、ボーカルマイクで有名な会社
のものを使っている。「SE210」というモデルだ。

http://www.shure.co.jp/PersonalAudio/Products/Earphones/SEModels/index.htm

しかたがないので今日は、iPhone付属のイヤホンを使って
走ってみた。普段、耳にすっぽり挿入するタイプのイヤホンで
なれているので、どうも違和感がある。

また、耳に合わないのか、走っていると時々ポロリと落ちて
しまう。音が遠くで鳴っているような感じがして、音楽に集中
することが難しい。

イヤホンのカバーをつけるなどの工夫をすれば、
少しは改善されるだろうか?

または、ヘッドホン型のものを試してみるのが良いだろうか?

快適なランニングをするために、試行錯誤はつづく。

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2008年11月 9日 (日)

何気ない日常を味わう

今日は朝から空がうす暗く、昼近くなっても
冬のように冷たい空気で、心も晴れない。

先週は、走りに行く時間があまりとれなかったので、
今日はゆっくり時間をかけて走ろうと思っていたが、
外の様子を見ているとあまり気が進まない。

それでもまあ、とにかく外へ出てみよう。
ということで、ランニングウェアに着替え、
MP3プレイヤーを持って外へ出た。

やはり、思っていたとおりの寒さだ。

いつもはウォーミングアップ代わりに、
公園までゆっくり歩いていくのだが、
この寒さを少しでも和らげたいと、思わず
走り出してしまう。

いつもよりやや、ペースを速めて走り出すと、
胸いっぱいに吸い込む空気も、冬のそれと変わらず、
一気に体の中に、冬の冷気が取り込まれていくようだ。

私は休日にランニングをするとき、いつもの周回コースを
3~4周したあと、最後に必ず、木の植えてある土の上を
走るようにしている。

アスファルトの上を走るだけでは何となく、味気ない感じが
するからだ。

陸上競技用のトラックや、野球場の周囲に、たくさんの
木が植えてあり、秋は紅葉をが楽しめる。

今日も、周回コースを3回まわったあと、公園に戻って
木々の間をゆっくり、土を踏みしめながら走っていた。

土を踏む感覚、それに時々、木の根っこを踏む感覚に
少し気分が良くなってくる。それに加えて今日は、落ち葉
を踏みしめる音が加わった。

MP3プレイヤーではクラシックの室内楽を聴きながら。

落ち葉の散歩道に、モーツァルトの弦楽四重奏。
案外この組み合わせはイイなあ、と思う。

くもりぞらに紅葉の風景、この音楽。
心がしっとり落ち着くようだ。

海外の風景とBGMを収録した映像や、つい憧れてしまう
ような美しい風景写真を掲載した雑誌などを見かけるが、
そんなのよりも、自分の足でこうして踏みしめている
土のにおい、落ち葉を踏む音、色づき始めた木の葉の
風景の中に、実際にいる方が味わい深いと思う。

映像を見て異国に憧れたり、旅情を掻き立てられるのも
いいかもしれないが、自分がこうして生きている土地を、
もっと味わいたいと感じた。

何気ない日常の風景に、もっと目を向けてみよう。
普段は気づかない何かが、そこには見える。

私は、宮沢賢治という童話作家のことがとても好きだ。

賢治の童話で特に好きなのは、自然描写の美しさ。

素朴な自然を、心ゆくまで味わってみたいという
気分にさせてくれる。

賢治の世界に描写されている自然というのも、
何気ない日常の世界なのだ。
決して特別なものではないのだ。

普段なかなか目を向けない、あるいは忘れていた、
すぐそこにある自然を、とてもていねいに描いている
賢治の世界が、私はとても好き。

今日走っていて味わったのは、そんな世界に近い
ものだったと思う。
この中に身を委ねている自分が、とても幸せに感じた。

うす暗い寒空の下、とても満ち足りた気分を味わった。

何気ない日常の風景に、もっと目を向けてみよう。
普段は気づかない小さな幸せが、そこには見える。

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2008年11月 6日 (木)

集中して考える時間を取る

11月に入ったばかりだが、いつもかよっているスタバは
すでにクリスマスらしい飾りつけが始まっている。

ホットコーヒーの紙容器も、昨日からすでにクリスマス用の
赤いデザインに変わっている。

よく聴いてみると、BGMのチョイスまでが、
クリスマスを意識したものになっているようだ。

寒くなってきたとはいえ、紅葉の時期もまだ先。

ちょっと、季節感を先取りしすぎという、感がある。

昨日の記事に書いた「明日やることリスト」は、
もちろん、昨夜寝る前にも実行した。

なかなか、洗いざらえ出しきれないこともある。

しかし、「明日やりたいこと」というキーワードを
意識しておくことは大事だと感じた。

この作業は、気持ちを落ち着かせるための
「儀式」という性質もあるので、毎日続けていると、
「さあ、これからやるか」という意識が働く。

そうすると、風呂に入ったり、歯磨きをしたり
ということをしていても、明日やることをどこかで
考えているのか、「あ、あれも!」と思いつくことが
多い。

長く忘れて放置されていたことを思い出すことも。

リストアップの作業中に思いつかなくても、翌朝起きて
出勤準備をしているうちに気づくこともある。

こうして、関係ないことをしている間にも、頭のどこかで
洗い出し作業が継続しているようだ。

一度、「明日やること」だけに意識を集中させる時間を
取るということが、効果的に作用しているのではないか
と考えている。

「強く意識する」ことがポイントだろうか。
強く意識することで、体は作業をやめても、
脳はバックグランドでリサーチを続けている。
そんなイメージ。

リラックスしていることも、有効ではないかと思う。

頭と心が解き放たれた状態でないと、このようなことは
なかなか起こらないような気がしている。

明日やることをリストアップすることに限らないが、
毎日少しだけでも、集中して何かを考える「自分だけの
時間」を取ることは、やはり大切なのだろう。

リラックスしつつも、強く意識する。というと難しそうに
思えるが、あまり深く考えずに続けていきたい。

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2008年11月 2日 (日)

iPhoneユーザに

昨日、ビックカメラの携帯電話売り場で
iPhoneの契約をした。

妻がauの第2世代携帯電話を使用していたので、
その機種変更でせっかくなら、ということで
iPhoneに切り替え。

私もそれに便乗して一緒に新規契約した。

今は、仕事で貸与されている携帯電話を使っているのだが、
個人用を持っておく必要性を感じていたためだ。

iPhoneのスペックに必要性を感じているわけでは
決してない。あくまで興味本位だ。

今まで考えもつかなかった新しい視点が生まれれば
いいと思っている。

そのために、まずは持っている機能について学び、
自分に生かせるものを探してみようと思っている。

使い方の事例も参考にしたいと思い、
小山龍介さんの『iPhone HACKS!』という本も
買ってきた。

HACKSシリーズは書店でよく目にするが、
iPhoneのものがあるのは知らなかった。

使うからには、自分に生かせるものを
徹底して取り入れていきたいと思う。

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2008年10月19日 (日)

本質に着目する

7歳になる長男は、ひとりでカレーをつくるようになった。包丁の使い方や、野菜の炒め方など、手つきはまだたどたどしいが、何をすべきかはよく理解している。一緒に見ていて、時々アドバイスをしてやるだけで、どんどん手を動かしていく。

まだ、台に乗らないと、コンロに届かない背の高さだ。

ニンジンやジャガイモの皮をむき、鍋に野菜を放り込む。その作業をするのに、いちいち自分用の台を移動しながら作業している。

少し興味を持ったことはどんどん覚えてマスターしていく。子どもはこうして伸びていくのだ。大人はその大いなる好奇心の芽を摘まないよう注意していきたい。

ガスコンロの火をつける、包丁で野菜を切るなど、使い方をしっかり覚えていないと危険なこともたくさんある。だが、使い方さえしっかり覚えさせれば、問題ない。

大人の都合だけで子どもから危険を遠ざけ、結果的に好奇心の芽を摘み、成長の機会を奪うことにならないように。

世の中どんなに変わっても、人間は料理をして食べ物を口に入れる。

それなくして生きてはいけないし、日々の生活でも欠かせないことだ。

食べることに喜びを感じて生きる。それには、合理的であるだけでは満たされない。食によるコミュニケーション、文化が築かれることが必要だ。

ファーストフードが全盛でも、機能食がいくら発達しても、食の本質はいつも変わらない。

この20年、私はIT業界で仕事をしてきた。携わってきた技術は大きく変わってきた。入社したころから変わらずにやっていることは、技術的な視点で見ると、ほとんどない。

プログラミング言語は変わり、汎用コンピュータは安価なPCやサーバマシンに変わった。手書きだった仕様書は、Excelで作成する。自分専用のPCで。

だが、それは「やり方」が変わっただけ。

仕事の本質に目を向ければ、それはどれだけ変化しただろうか。

相変わらず仕事は、ダンドリが命だし、プロジェクト管理は、人と人とのコミュニケーションが命だ。仕事は、人と人とのつながりによって進んでいく。

『マインドセット ものを考える力』(ジョン・ネスビッツ著)という本を読んだ。

世の中、変わることがおおはやり。今のビジネスシーンを生き抜くには常に変化し続けることが求められる。みんな、変化することに一生懸命だ。

しかし、ものごとには変わらないことの方が、実は多いのだ。

やり方は変われども、そのことの本質は変わらない。

この本で主張されていることのひとつは、そんなことだ。

同じ努力をするなら、ものごとの本質に目を向け、それを正しくとらえる努力をしたいものだ。

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2008年10月18日 (土)

ブログ引っ越し

シーサーブログというのをしばらく使っていたのだが、どうもサーバの調子がよくないことが多いようなので引っ越すことにした。今日も一日中、サーバに接続できず、記事の投稿が滞っている。

↓引っ越し前のブログ

http://learningworld.seesaa.net/

過去ログの引っ越しがまだ全然できていないが、ボチボチとやっていこうと思う。一応、8月から毎日続けているので、記事の量はそれなりに蓄積されている。

テーマは、仕事や、勉強に関することが中心になる。また、読んだ本の感想なども記述している。

引っ越しが滞りなく完了できるか、ちょっと心配。ちゃんと記事をダウンロードしてバックアップを保存しておけばよかった。。

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2008年9月 9日 (火)

【雑記】朝のペースが乱れた

今朝は、このブログ記事を書きこんでいるSeesaaブログのサーバで
トラブルが発生していたため、ブログの記事が書きこめなかった。

平日はいつも、職場近くの喫茶店でノートPCを広げてブログの
記事を作成しているが、今日はいつものペースで朝の作業が
進められず。


それでも、日課になりつつあるブログの書き込みが途切れるのは
なんとも気持ち悪く、帰宅途中の駅で記事を作成して何とかアップ。


今日の記事は、コンサルタントの藤堂昌恒さんが定期的に開催され
ている、「ちとえ藤堂塾」に参加したときに講義の中で聞いたもの。
藤堂さんのお話にはとても共感できる内容が多いのだが、これは
最も印象に残っているもののひとつだ。

●ちとえ藤堂塾
http://www.chitoe.com/


今日は仕事が終わってから、藤井孝一さんの講演を聴きに行った。
最新の著書『お金を稼ぐ勉強法』の出版記念を兼ねた講演だ。

アウトプットの具体的な手法について、ていねいな解説を交えた
わかりやすい内容で、また刺激的でもあった。

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